真空装置内の真空度を大気圧から測定できる真空計に、熱電対真空計がある。サーモカップル真空計とか、サーモカップルゲージ(thermocouples gauge)と呼ばれるやつだ。原理は単純で、白金などでできた細い金属線(フィラメント)に電流を流して加熱し、その温度を測定することで真空度を知ろうというものだ。真空度が低い(大気圧に近い)ということは、空間中にガス分子がたくさんあるので、そのガス分子が金属線から熱を奪う。真空度が高いとガス分子が少ないので、ガス分子により奪われる熱が少ない。つまり、一定の電流を流した時に、フィラメントの温度が高いほど真空度が高いということになる。このように、真空中で加熱したフィラメントの温度を熱電対で測定し、真空度を知ろうというのが熱電対真空計だ。
手元にANELVA社の「MTG-011サーモカップル真空計」のマニュアルがあったので久しぶりに開いてみた。測定球がTG-550、計測装置のほうがMTG-011である。ケーブルのソケット内には温度ドリフト補償用のサーミスタ素子まで組み込まれているとのことで、周囲温度による誤差を補正するようになっていたのは発見だった。メーターの内部回路まで掲載されていたのだが、驚くほど単純なものだった。半導体はツェナーダイオードのみ。なかなかワイルドである。測定レンジは0.1~260Pa (1e-3Torr~2 Torr)、応答速度3秒、ヒーター電流230mA(熱電対出力10mVに対して)という仕様となっている。1e-3Torrというのは、ロータリーポンプで真空に引いた時の限界に近い真空度である。ロータリーポンプなどを使って、大気圧状態から空気をざっと抜くことを「荒引き」というが、まさにザ・荒引き用という感じである。
閑話休題。ANELVA(アネルバ)という会社は、今はキヤノンアネルバと言って、キヤノン社の子会社である。最初は日本電気(NEC)の子会社として、日電ヴァリアンという名前で立ち上がった。その後、日電アネルバ、アネルバとなって、キヤノンに買収されてキヤノンアネルバとなった。ヴァリアン(Varian)というのは、アメリカの真空関係の機器を製造していたメーカーである。正式にはVarian Associatesといい、カリフォルニア州のスタンフォード大学で学んでいたVarian兄弟が作ったベンチャー企業として発足した。最初はクライストロン管というマイクロ波管の製造から始まり、MRI, ESR, X線関係装置の製造で有名だった。軍需企業でもある。半導体関係では、Varian Gen-IIという分子線エピタキシャル(MBE)装置があまりにも有名である。現在は医療関係、分析関係、半導体関係の3社に分割されているので、倒産したわけではない。過去形を使わないほうがいいのかもしれない。
さて、話を戻してこの熱電対真空計、少し古い装置には必ずついていた。ロータリーポンプで真空引きするところにほぼ必ずあったといっていい。先日、熱電対真空計をNW25継手のポートに接続したいと思い、手持ちの部品をあさったが、ICFフランジに溶接されているものしかなかったので新品を探すことにした。ところが・・・モノタロウやアズワンなどの理化学機器用カタログに熱電対真空計がないのである。現在、大気圧から測定できる安価な真空計は、ピラニ真空計(ピラニゲージ)のみになっていた。上記のTG-550はTG-550Cとして、キヤノンアネルバのHPには掲載されてはいる。しかし、値段も書かれておらず、一般に流通していない雰囲気がした。さらにNW25継手と溶接されているものはなさそうだ。そりゃまあ作ればあるのだろうけれど、私は真空溶接の技術までは持ち合わせていないし、頼める会社も近くにない。
国内の真空装置大手といえば、アルバック社がある。アルファベットではULVACと綴る。Ultra Vacuum(=高真空)という言葉から来たと聞いたことがある。アルバック社はもともとピラニ真空計しか扱っていないようで、熱電対真空計はカタログにない。そういえば見たこともない。オーム社から出版されている、アルバック社監修「真空ハンドブック」(1992年版)を見ても、熱電対真空計の説明は比較表にしかなく、ピラニ真空計を使いなさいというノリである。この本に掲載されている比較表を見ると、熱電対真空計よりピラニ真空計のほうが測定範囲は広い。真空度の高いほうも、低いほうもである。これは知らなかった。荒引き系なんていつも適当な感じだから、気にしたこともなかった。
ピラニ真空計も大気圧から測定できる真空計で、原理は熱電対真空計とほぼ同じである。フィラメントに電流を流して加熱し、その温度から真空度を知るのだが、熱電対真空計は熱電対で本当に温度を測定していたが、ピラニゲージは抵抗を測定することでこれに代えている。金属の抵抗値が温度が上昇すると大きくなることを利用しているわけだ。熱電対をフィラメントに接触させるような細かな構造がなくてもいい分、安価に製造できそうである。
私としては熱電対真空計を使おうが、ピラニ真空計を使おうがどっちでもいいのだが、実は私の手元には熱電対真空計が、なんやかんやで10個以上ある。この資産をどうするか。悩ましいところである。つまり問題は費用だ。ピラニ真空計の、装置につなぐ測定子は1万円で買えたりするのだが、測定器側が最も安いアルバックGP1G-Bで約9-10万する。しかもアナログだ。どうせなら自作してネットにつなげるようにできるものを自作してみようか、と思う今日この頃である。