【試験研究】サファイア基板の熱処理とピラニア溶液処理 (Thermal annealing of sapphire substrates and a piranha solution treatment)

サファイア基板の熱処理とピラニア溶液処理について

 サファイアはアルミナ (Al2O3) の単結晶です。不純物がなければ無色透明で化学的安定性の高い酸化物です。その単結晶を特定の面方位で切り出して研磨したものがサファイア基板です。腕時計などの窓材にも使われますが、半導体薄膜を形成するときの基板にも用いられます。代表例は窒化ガリウム系のLEDを作る時の基板でしょう。国内では、京セラ、信光社、並木宝石が主なメーカーです。

 サファイアの融点は約2000℃にありますが、1000℃以上にサファイア基板を加熱すると、表面からアルミナがわずかに蒸発していき、平坦化して、表面に原子レベルのステップ&テラス構造が現れます。しかし、熱処理の雰囲気中に炭化水素があると、サファイア基板表面に炭化水素系と思われる不純物が付着します。こういった炭化水素系の表面不純物を除去するために、炭化水素類を激しく溶かし出すピラニア溶液にサファイア基板を浸します。

 

A面サファイア基板表面のステップ&テラス構造のAFM像(tapping-mode AFM)。研磨が完璧ならばステップは現れないが、それは無理です。研磨の際にどうしてもわずかな傾き(0.01~0.03°)が出るので、ステップが現れます。A面基板の場合は、画像の上下の辺をc面にしたとき、右下方向か左下方向に並んだステップが現れます。表面の原子配列をコンピュータ(VESTAなどのソフトウェアを使う)で描画すると、すぐに分かります。テラス幅は研磨精度に依存します。発注の際の研磨精度は0.1°以下を保証した基板でないと、複数のステップが会合した表面になりますので注意します。2023年時点で、メーカーからは、出荷時の保証研磨精度は0.1°が限界ですと言われています。しかし、納品時の特性表についてくるズレはその1/10ぐらいです。保証できないというだけの話です。

A面サファイア基板表面に有機物が残留しているときのAFM像(tapping-mode AFM)。丸いものが有機物と思われる付着物。ステップ端方向に沿って発生しているのが特徴。

 雰囲気中の炭化水素の発生源は、この熱処理の場合は熱処理に使っている多孔質アルミナの容器です。この容器の購入直後や、何か汚れが付着したときには、どうしても脱脂や表面のごみのふき取りぐらいは行わざるを得ません。たとえばイソプロピルアルコール (IPA) をベンコット(長い繊維をもつセルロースワイパー)にしみ込ませて拭くぐらいのことはしたりすることになります。このときに使ったIPAは、容器の多孔質の細孔内に残留します。もちろん有機溶剤の除去のために空焼きはするのです。しかし、容器を1100℃で20-30時間空焼きしても、この残留物は完全には脱離しません。要求レベルにもよりますが、酸化物系の半導体結晶成長の研究を行う場合には、大きな問題になります。上に示したAFM像を見れば一目瞭然です。窒化物系の場合は、最初に熱処理過程があることと、アンモニアガスによる窒化過程がありますので、事情は異なるかもしれません(つまりよく分かりません)。

 この表面不純物の除去処理にはピラニア溶液を使います。ピラニア溶液は、98%濃硫酸:35%過酸化水素水=3:1(体積比)を混合して作製します。強い腐食性をもち、発泡してガスを出します。作製時には発熱しますし、廃液タンク内反応がありますので、取り扱いは厄介です。注意点をすべて網羅して書くことはできません。濃度や量、研究環境に依存するでしょう。取り扱いは各研究室で定めた安全基準に従うようにしてください。

 

サファイア基板の熱処理

 熱処理に使う器具は下記のとおりです。

  • 基板を入れるアルミナ容器:アルミナ焼成容器SSA-T 120角 (120x120x60mm)、アズワン 1-1736-03、16,500円
  • 電気炉:ヤマト FO100 (100V, 30A, 1150℃まで)、250,000円 → 2023年時点で取り扱い停止、代替品 FO101で、アズワン 1-1898-11、36万円ぐらい。

熱処理条件は下記のとおりです。

  1. 2時間で1050℃まで昇温する。
  2. 1050℃で10時間保持(3時間ぐらいでもいいかもしれないが未確認。1000℃では処理の歩留まりが下がります。1050℃は必要だと思います。)
  3. 2時間で0℃まで下げる設定にして降温する。もちろん、2時間で室温には戻らない。扉は150℃前後以下の温度になってから開ける。もちろん、室温に戻ってから取り出します。

熱処理時間はは3時間ぐらいで行っている研究室もありますが、3時間で大丈夫かは未確認です。熱処理時間10時間だと、10枚熱処理して10枚ともAFM測定レベルでステップ&テラス構造がちゃんと見えることを確認しています。上記の条件で降温と昇温を行うと、熱処理開始から15-16時間後で250-300℃、24時間たつとおよそ室温に戻っています。

サファイア基板の熱処理に使っている電気炉。

電気炉内にアルミナ製容器を入れたところ

 

ラニア溶液処理

 使用する道具を列挙しておきます。

  • 基板を入れるアルミナ容器:アルミナ焼成容器SSA-T 120角 (120x120x60mm)、アズワン 1-1736-03、16,500円
  • 複数枚の基板を縦にして洗浄できるキャリア:洗浄用キャリア(オールフッ素樹脂スリットタイプ)、STF1005-01、アズワン 3-7625-03、37,050円。高いし、即納でないこともあるが、基板を縦にして洗浄(有機、酸)できるメリットは大きい。大昔ですが、ビーカーの側面に立てかけて有機洗浄していたときがありました。 →棒の部分がネジでキャリア部分に取り付けられているが、ここが折れることがある。ねじ込みは根元までねじ込んで、ぐらぐらさせないようにします。もちろん、強くねじ込まないようにも気を付けます。
  • 複数枚の基板を縦にして洗浄できるキャリア:洗浄用キャリア(オールフッ素樹脂スリットタイプ)、STF0510-02、アズワン 3-7625-02、30,400円 →こちらはスリット幅が広い。STF0510-01のほうがいい。100ccビーカーとのマッチングの点では、STF1005-01推奨。
  • 基板をハンドリングするための濾紙:ADVANTEC No.2 φ90mm。真ん中を折っておく。ピンセットで基板を挟んで濾紙に乗せたあと、横からピンセットでつまみやすくするため。
  • テフロン樹脂コートピンセット:240mm、アズワン 7-245-04、6000円ぐらい。ステンレスなどの金属むき出しのピンセットは避ける。アルミナ容器に先端が触れたときに、ステンレスがけずれて容器表面に残留するのを避けるため。樹脂製ピンセットは先端がしっかりしていないので、ハンドリングでミスが出る。高級品を使えるなら、セラミックピンセットを使う。
  • 100ccビーカー:ホウ珪酸ガラス製の標準的なもの。アズワン 6-214-03、400円ぐらい、など。洗浄用キャリアがちょうど入る。
  • スターラー機能付きホットプレート:ホットスターラーREMIX RSH-1DN、プレートサイズ165x150mm、アズワン 1-4606-42、39,000円。→取り扱い停止。代替機種はLSH-1D、アズワン 1-4606-62、4万円。
  • スターラー撹拌子:洗浄用キャリアとビーカーの隙間で回転させるため、10-15mmの小型の棒状のものを使う。たとえばPTFE製回転子、アズワン 9-870-01、10個で2000円少し。
  • 超強力マグネット16mm:ダイソーで売っている直径16mm、200ミリテスラのマグネット。2個入り100円。これを使って、ビーカーの外からスターラー撹拌子をビーカー内で固定する。廃液を捨てるときなどに、撹拌子が廃液タンクの中に落ちないようにするのに使います。
  • ピルケース:100均のセリアで売っているピルケースで、基板や試料を保管するのに使っています。1箱で3×7=21枚収納することができます。ケースが二重になっているのも安心。内側の幅は15mmぐらい。セリア店舗で100個ずつ注文購入しています。セリアの注文購入は、受け取り時に代金を支払うので、店舗によっては塩対応されたり(倉庫が狭いからかも)、本当に受け取りに来るのか疑われることもあります。

 ピラニア溶液処理時間は1時間行っています。30分ぐらいで十分なのだと思いますが、30分で十分かどうかの確認はしていません。

ラニア溶液処理で使用する道具

溶液の撹拌。スターラー回転速度100rpm、ホットプレート温度80℃に設定。スターラー回転子は中央に集まっており、縦に「カタカタ」とゆっくり回転する。ホットプレート設定温度80℃で、溶液の温度は50℃前後にキープできる。

ラニア溶液処理中の様子。気泡が立っているのが分かる。スターラー回転子は、洗浄用キャリアとビーカーの隙間で、縦に回転している。2秒で1回転程度で十分。このスターラーの場合は100rpmの設定。こうすることで、ピラニア溶液を撹拌して均一化すると同時に洗浄用キャリアを少し揺らし、基板表面の気泡がいつまでも基板表面に残留しないようにできる。

基板の水洗

 およその手順は下記のとおりです。

  1. 洗浄用キャリアを引き上げ、上から脱イオン水を流しかけて、ピラニア溶液をざっと除去する。
  2. ビーカー内のピラニア溶液は廃液タンクに入れ、脱イオン水で2-3回すすぐ。その際、スターラー回転子が廃液タンクに落ちないように、直径5mm前後の強力マグネット(ダイソー)などでビーカー側面にくっつけておく。
  3. ビーカー内に洗浄用キャリアを戻し、脱イオン水を上から入れて満たし、やさしく上下してすすぐ。この作業を4-5回繰り返す。
  4. 洗浄後は、脱イオン水に浸したままにしておいておく。
  5. 上記の作業を100ccビーカーで3回行います。
  6. 脱イオン水に浸したままの基板を、窒素ブローして乾燥させる。

このようにして洗浄した基板表面は、適当な容器内に保存します。私の場合は、100円均一の店のセリアで販売されているピルケースに保存しています。特に真空デシケーター保存などしなくても、半年はステップ&テラス構造を保持しているようです。

 

その他の注意点

硫酸を測るメスシリンダーは他のことに流用しない

 この例では、ピラニア溶液を作るために濃硫酸を計量します。計量にはメスシリンダーを使います。濃硫酸はトロトロなので、作業後にメスシリンダーを4-5回すすいでも、内壁に硫酸が残留します。このことは、脱イオン水を入れてpH測定をすれば、pHが7ぐらいではなく、pH=5ぐらいになることから分かります。ごしごし洗ったり、フッ化水素酸でエッチング(何度もやると計量誤差の原因となる)しない限り、元に戻りません。この作業をしたとしても、脱イオン水を入れてpH測定をする必要が発生し、とても手間です。硫酸系作業専用のメスシリンダーを用意するのが正解でしょう。

 

ピンセットの持ち方

 ピンセットは、作業形態に応じて持ち方を変えます。大まかには、ナイフのように上から持つときと、お箸のように下から持つときの2パターンでしょう。基板をハンドリングするときには、ピンセットは下から持ったほうが良いです。細かな制御ができるからです。

 いろいろやり方はあると思いますが、下の写真に、基板を乾かすときにピンセットを持っている例を示します。

  • 先端が丸いピンセットにして、基板の端と端を挟む。濾紙の上で作業する。
  • 下から持つ。親指と人差し指はピンセットを挟むことに使い、中指と薬指はピンセットを広げることに使う。両者をバランスさせることで、挟む力を制御する。

窒素ブローするときのピンセットの持ち方の例